場所:ヨハン早稲田キリスト教会
早天祈祷会2011.8.23
聖書本文:使徒言行録4章1節~12節
主題:初代教会の働き
今日の本文は使徒言行録4章であります。初代教会の働きは、ペテロやヨハネたち、イエスの使徒たちの目覚しい働きによって進められて行きました。というよりもこれは使徒の働きではなく、本当は聖霊様の働きだということができます。しかし、当然のことながら、力強い福音宣教の働きは、しかるべき迫害を伴うものでした。
使徒 4:1ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。4:2二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、4:3二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである。4:4しかし、二人の語った言葉を聞いて信じた人は多く、男の数が五千人ほどになった。
私たちは、使徒の働きがどのようなものであったかを改めて知ることができます。それは、2節にあるように『イエスの死者の中からの復活』でした。実に初代教会から今の時代に至るまで、決して変わらない福音の核心はイエスの十字架の死と復活です。これを述べ伝えることが伝道です。私たちは現在、宣教探訪に向かっている兄弟姉妹のために祈っていますが、まさに彼らは電車の中で、駅の中で4つの法則を通してイエス様の十字架と復活を述べ伝えています。私達はいつもこのことを意識しないといけません。しかし、私達が決して忘れてはならない伝道の核心は、主の十字架と復活を大胆に宣言することであります。そうしないと私たちは伝道ではなく、勧誘で終わってしまうからです。今日からは短期宣教チームも出発します。私たちは今一度、KOSTAも終わった今、これからは恵まれた分、主の十字架と復活を大胆に述べ伝える我々になりましょう。
2番目に、私たちは彼らの伝道の姿勢がどのようなものであったかを見ることができます。
4:6大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。4:7そして、使徒たちを真ん中に立たせて、「お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか」と尋問した。4:8そのとき、ペトロは聖霊に満たされて言った。「民の議員、また長老の方々、
まず、言えることは、大祭司たちが『お前たちは何の権威によって、誰の名によってああいうことをしたのか?』と問い詰めました。彼らは人々を癒すことも、自分達の領域だと思っていました。祭司として、人々を癒す働きをしていました。そこで「ああいうこと」とは何でしょうか?まさに人々の癒しの奇跡です。彼らはかつては漁師だった人々の教えや働きにより、自分達の立場が危なくなると思いました。
私達は、律法学者や祭司長たちがなぜ使徒たちに反発していたのか知ることができます。自分達だけがしていたことを、他の誰かに奪われたくない。
ここに、クリスチャンがやるべき働きがあります。それは、この世の中からあらゆる良い業の専売特許をクリスチャンの下に取り戻すことです。病院は誰から始まったのか?クリスチャンです。大学は誰から始まったのか?神学です。福祉事業は誰が始めたのか?クリスチャンです。この世のあらゆる人権、平等、福祉、医療、そういった働きはクリスチャンから始められたのです。今、この日本ではそういうあらゆる良い業がノンクリスチャンによって進められています。彼らは誰の名前によって良い行いをしているんでしょうか?自分の名前によってです。自分の名を広めるために、自分を偉く見せるために、良い行いをします。
世の人々がする社会的な慈善活動と、クリスチャンの良い行いは根本的に違わなければなりません。それはイエスの名前によってやることです。主を証しすることにつながることです。
祭司長たちは言います。『誰の名によって、ああいうことをしたのか?』クリスチャンが目覚ましい働きをする時に、『ああいうことをした』という行いの問題ではなく、『誰の名によって』という名前の問題になります。つまり、クリスチャンの良い行いは、良い行い自体が目的ではないのです。それが、イエスの名前につながらなければなりません。
この世の中に良い行いをするクリスチャンは沢山います。しかし、良い行いで留まってしまい、イエスの名前を証しすることまで至らない場合があります。
私達は、この世の中でも沢山の人々が良い行いをしているのを見ることができます。しかし、それは福音につながりません。私達は主を証しし、キリストの愛を世に伝えるために、良い行いに励む者になりましょう。
使徒たちは言います。
4:9今日わたしたちが取り調べを受けているのは、病人に対する善い行いと、その人が何によっていやされたかということについてであるならば、4:10あなたがたもイスラエルの民全体も知っていただきたい。この人が良くなって、皆さんの前に立っているのは、あなたがたが十字架につけて殺し、神が死者の中から復活させられたあのナザレの人、イエス・キリストの名によるものです。
10節に、この人が良くなって、皆さんの前に立っていると言います。この人は使徒3章の足の不自由な人です。ペテロがこの人を立ち上がらせました。人々はその業にイエスの業を見て興奮しました。しかし、ペテロの告白で大事なのは、その奇跡はイエスの名によるものです。そして、この人は良くなって皆さんの前に立っているとあります。ここに私達が目指すべきビジョンがあります。『良くなって、皆さんの前に立つこと』これがクリスチャンの使命です。
KOSTAでも人気のセミナー講師先生方がいました。その中の多くの講師先生は、もともと学生時代にKOSTAに参加して恵まれ、ビジョンを頂いた人です。彼らがKOSTAで恵まれ、主に献身する人生を送り、それゆえに人々から認められ、出世し、証し人になることを通して、再びKOSTAで今度は講師として若者たちに教えている。そういう姿を見ることができます。
そのような講師先生は言うでしょう。『私が良くなって、皆さんの前に立つのは、イエス様を信じたからです。主からビジョンを頂いたからです』ということです。KOSTAで講師をする先生方も最初から証し人なわけではなく、恵まれて、ビジョンを頂いて、癒されて皆さんの前に立つのです。
私達は、使徒言行録3章で癒された足の不自由な人、彼は癒されて終わるんではなく、良くなって人々の前に立ちました。主の奇跡の証し人として人々の前に立ちました。我々もそのように人々の前に立ちましょう。主が成し遂げて下さった御業を隠すのではなく、世の先頭に立ち、人々の前に立ち、自分が良くなったのはイエス様のおかげなんだと大胆に証しする者になりましょう。2002年の日韓ワールドカップの時にブラジルが優勝しました。その時の表彰式で、半分位の選手はブラジルのユニフォームを脱いで、JesusLovesYouというロゴが入った白いTシャツに着替えて、そして金メダルを背中の方に回して、そのTシャツに書かれた文字を前面に押し出してテレビに映っていました。これは日本では考えられないことです。自分達が背負った国家のユニフォームではなく、イエス様の名前が書かれたTシャツで、世界中の目にさらされました。これがつまり、良くなって人々の前に立つ事です。全ての良い事はイエス様のおかげです。ワールドカップ優勝できたのはイエス様のおかげです。そのような証しを主は喜ばれると信じます。
私たちは主の証人として生きるために選ばれました。主の証人として人々の前に立つために救われました。歓迎されるのではなく、迫害があるとしても、私達は主の前に証人として立つために呼ばれたことに感謝しながら、伝道する我々になりましょう